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444日目
2003年7月7日(月)
【天気】くもりのち晴れ
【記録者】とっこり
「神の国ニッポンと石鎚山」

5時ころ、ざわめきが気になって目が覚めた。
どうやら登山客がもう出発を始めているようだ。
まだ暗かったけど登山は早い出発の方がよかろうと思い、我々も起きることにした。
それにしても寒かった。
ここは標高1500m、国定公園にあたるのでキャンプは禁止されている。
昔はあったキャンプ場も今はなくなっている。
そうとは知らずに昨日へとへとでやってきたらテントを張れないことにショックを受けた。
かといって宿に泊まるのももったいないし、そんなつもりは全くない。
近くにあるみやげ屋で事情を話してどうするのがベストか指示を仰ぐ。
すると「テントを張らなければ大丈夫じゃないの?」
と一言。
うーむ、そうか。世間の認識としてテントを張るのがキャンプらしい。
だったら寝袋にくるまって寝よう、と休憩所で寝たまではよかったが、風が冷たくて苦労した。
ここは標高1500m、真夏とはいえ下界よりも約8度も低い気温の夜に強風を受ければ寒かろう。
震える夜を過ごした、というわけだ。



登山口

風の当たらない建物の影で朝食をとってからいよいよ出発。
登山口で写真を撮って第一歩を踏み出した。
最初はなんてことのない登山道、楽チンである。
すいすい〜〜と軽やかに歩いていたら、先に出発していたグループに追いついてしまった。
このグループ、20人はいるだろうか。
全員、白装束で一列になってゆっくりと歩いている。
そういえば昨日から白装束の人しか見てないなぁ・・・。
7月1日から10日間、石鎚山の山開きということで石鎚本教の信者が集まるということだから、きっとこの人たちはそうなのだろう。 この山はそういう格好をしないと登ってはいけないのだろうか。

しばらくのんびりと後ろにくっついて歩いていたが、あまりにもペースが遅いので20人ごぼう抜きさせてもらった。
うかつに休憩をとってこのグループに抜かれたくない。
そんな気持ちがあってか休憩もろくにとらずにどんどん進む。

道のりは易しい

まだまだ元気

まだ石鎚山に向けて尾根を歩いている段階だから道のりは緩やかだ。
少しずつ少しずつ登っていく。
そのうち早くも下山している人とすれ違うことになった。
まだ朝早いから
おはようございまーーす。
とこちらからすれ違いざまにあいさつすると、
お登りさんで〜〜
と返事が返ってきた。
は?なんすか?お登りさん???

最初はなんのことかさっぱりわからなかった。
ところが、すれ違う人のほとんどが「お登りさんで〜」とあいさつするではないか。
もしかしたら石鎚山を登山するときにはこう言うのが決まりなのか?
さらに言うと白装束の人達が集まる今だからこその決まり事なのか?
そんなことを考えつつ、お登りさんと言われても「オレたちゃただの登山者さ!」と主張するべくいつもどおりの「おはよう」「こんにちは」を連呼した。
負けてなるものか!



立ちこめる低い雲

低い雲が立ちこめていて頂上は見えそうにない。
でも眼下には緑豊かな日本の山並みが広がっていて最高だ。
そんな景色を見ながら、そうきつくはない山道を、ぶんぶんと飛び回る小さな虫を手で払いのけながら、歩くこと1時間半で難所の二の鎖にやってきた。
修行場として知られる「二の鎖」&「一の鎖」は見上げて首が痛くなるような急勾配の岩場を、鎖を使って登っていく難所である。
スタート地点に立つと一本の白い線が頂上に向かって延びている。
山開きでやってきた白装束集団が一列になって登っているからだ。
その集団が大声で叫んでいる。

二の鎖スタート地点

なんまいだ〜なんまいだ〜〜

おい!いくら危険だからってそりゃないっしょ。
なんまいだってあんた・・・。
順番待ちで少し待ってから、いよいよ鎖に手をかけた。

岩場はしっかりしていて崩れることはなさそうだ。
一歩一歩確認しながら手をかけて、足をかけて登っていく。
鎖を使わないで登れるほど甘くはない。
ところでこの鎖、そうとう太い。
足をかけて登っていくには登山靴では滑りやすく、なるほど白装束の人達が足袋をはいているのはこのためかと理解できた。
どんなに低い山でも、どんなに易しいハイキングのような登山でも必ずごっつい登山靴を欠かすことのない中高年者が、ここでは揃いも揃って足袋をはいているのがおもしろい。
登山というよりはロッククライミングに近いということか?


緊張で足がすくむ。
踏み外すと自分だけでなく他の人を巻き込んでいってしまう怖さ。
岩場でなく宙に浮いた鎖に足をかけないと登っていけない不安定さ。

命がけだが

写真では伝わらないかも

下を見ている余裕はなく、とにかく必死に上だけを見て進む。
「なんまいだー」を聴きながら進む。
標高が上がるにつれて霧が濃くなってきて、もはや50m先が見えない。
そしてやっと二の鎖を終えた。


はーやった!!
次の一の鎖のスタート地点はちょっとした広場になっていて、順番待ちの人達であふれかえっていた。
整理券を配っていたのでもらいにいくと、
登山切符はあるか?
と言われた。
寝袋を広げて泊まっていた土小屋では入山料として500円が必要です、との案内があって登山切符を売っていた。
なんで登山するのに金を払うの?という疑問から気にしないでここまで来ていたのに、こんなところで徴収するとは!
ただでは500円を払ってなるものかと、受付の人に何に使われるお金なのか聞いてみた。
万一の事故の際の救護、登山道の整備、修繕
とのこと。
山開きのときの10日間だけの徴収に疑問こそ残ったが、上記の目的以外では使用しないというので信じて500円払うことにした。
いや、払わないと一の鎖を使わせてくれないから仕方なく払う。
万一の事故の際の・・・って言われても、それって他の山で登山者が払ってるか?って思ってしまう。
でもあんまり追求して登山切符買えなくなっても困るから聞かない。


整理券を受け取って10分ほど待ったらいよいよ一の鎖だ。
ここまで登ってこられたんだから次も大丈夫だ、そんな自信もあった。
二の鎖よりも険しい岩壁を慎重に登っていく。
他の人にできて自分にできないことはあるまい。
自転車で鍛えた肉体が、できる!と信じる気持ちを支えてくれる。
鎖から鎖へ、綱渡りするような場面もあったが、霧中を夢中で進んでいるうちに頂上の建物が見えた。

よっしゃぁ!!登頂だ!!

無事に登頂

石鎚本教の信者たち

まわりじゅう霧、頂上かすらわからない展望ゼロ。
強風が吹き荒れて立っているのも大変だ。
ここでも白い集団が大挙。
この中に本当の石鎚本教信者はどれくらいいるのだろうか。
登山のためだけに装束をそろえた
なんちゃって信者
もきっといるような気がする。
まあいいけど。

日本人は無宗教だなんて言う人もいるけど、実はそうではない。
八百万の神々などといわれるとおり、日本人は山や川や海、草木や石などの自然を敬い、そこに神の存在を見いだしてきた。
神話の神々(天照大神、大国大神)などを祭る神社もある。
また、徳川家康や菅原道真のように実在した人物も神として崇められている。
こうやって自然のあらゆるものに神を見出し、人間もまた自然の一部と認め、そこから生き方を学ぶこと、それを神道と呼び、神道は古くから日本人の生活と共にあった。
そしてそこに仏教が混ざっている。
正月に神社に初詣に行ったり、家にある神棚に参ったり、死者があれば葬式をあげる。
つまり日本人は無意識ながら多神教の信者なのである。
だから一神教であるキリスト教のイベント「クリスマス」を取り入れたり、キリスト教徒でもないのに教会で結婚式を挙げたりできるのだ。
これは日本人が無宗教なのではなく、多神教徒である我々にとってはキリスト教の唯一神ヤーベも、神々の中の一人に過ぎないということなのだ。


と考えていくと、石鎚山になんちゃって信者がいてもいいじゃないかと思えてくる。
山開きの10日間だけお目見えするという石鎚神社のご神体を拝んでから、ちょっと休んで下山を開始した。

下りでは鎖を使わない。
実は鎖場の他に巻き道があるのだ。
その道をてくてくと歩いて下っていく。
登っているときは「お登りさん」と言われたのだから、下るときは「お下りさん」か?
と思っていたら
お下りさんで〜〜

やっぱり。こちらからの返事はやっぱり「こんにちは」。
意地でもあいさつだけは変えない。
登山をスタートしてから何百人と登山客に会ってきたけど、白装束の割合は95%を超える。
1時間くらいして無事にゴールしたが、なんだか洗脳されたような気分だ。
また来るときは山開きじゃないときにしよう。





移動
出発地 愛媛県面河村 土小屋(石鎚山登山口)
到着地 愛媛県美川村 道の駅みかわ

今日の出費
2410円

走行データ
走行距離 47.2km
総走行距離 12519.0km
走行時間 2時間33分
平均速度 下りで快調!→ 18.4km/h

登山データ
登山口→山頂

山頂→登山口
6:05→8:40
(休憩30分)
9:10→10:35




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