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「物質万能主義、金銭至上主義の世の中」

 今の日本の社会は、幸せや豊かさをカネやモノの価値でしか認めることができないように思う。いい車に乗り、いい家に住み、ブランド品やアクセサリーを買いあさる。そんな人間のなんと多いことか。ただ、他人よりも優位に立ちたいという欲求は人間が持つ本能のひとつであるから、いいモノを求める姿勢については否定しない。問題なのは、手に入れたものをあたかも自分自身のステータス、象徴であるかのごとく自慢することである。 カネやモノをひけらかして自慢するということの中に、実はそれしか自慢するものがないという人間の貧しさを感じてしまうのだ。

 果たして人間の価値をカネやモノに委ねてしまってよいのだろうか。カネやモノが自分から去っていったとき、一体何が残るというのだろうか。カネやモノはあくまで自分を成長させる手段であって、目的であってはならないと思うのだ。

 そう思うようになったのは自転車であちこちツーリングするようになってまもなくのことだった。カネがあれば自転車は買える、けれども自転車があるだけじゃツーリングはできない。ツーリングをするためには自分の意志と行動が伴わなければならない。そしてツーリングという行動が自分に自信をつけ、達成感や充実感が自分のステータスとなる。カネやモノに頼らない人間の豊かさがツーリングの中にあるような気がしたのだ。




「サラリーマン的平凡な生き方」
 周りの大人たちは学歴が全てであるかのような思想を押しつけ、いい大学いい会社に入ることがすばらしい人生であるかのように説く。つまり、学生時代はいい点を採ることを第一の目標として受験戦争に追われ、社会に出れば一円でも多く給料をもらえることを第一として働くのが正しい道だというのだ。高校、大学の選択、会社を選択する自由は与えられるものの一流大学から一流企業へという図式があたかもそれが最高の人生であるかのごとく、世間は若者を追い込んでいく。

 僕はそんな世の中の一般的な人生のレールに沿って走ってきた。一流とは言えないまでも大学を卒業して就職した。そのままサラリーマンとして働いていればそこそこ安定した生活を送ることができたに違いない。けれども僕は会社を辞めた。

 「もったいない。」と人は言う。確かにそうかもしれない。けれども親の敷いたレールになんの疑問も持たずに乗っかり、走り続けてきたことに疑問を感じてしまったのだ。このままでいいのだろうか。大学時代の狭い視野で選んだ今の会社で定年を迎えてしまっていいのだろうか。若者の持つあふれんばかりのエネルギーを生活の安定に捧げることが幸せな人生につながるのだろうかという不安に駆られ、ありふれた人生のレールから外れて歩き出すことで初めて自分らしさが生まれるのだと信じて、会社を辞めた。後悔はしていない。











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